手拭いの歴史


手拭の歴史は、日本の織物の歴史でもあり、古くは麻や絹でできた平織物でした。
平安時代から養老律令の衣服令により、庶民は麻を高貴な者が絹織物を使用しました。
綿は主に中国大陸などから輸入され絹より高価でありましたが、江戸時代初頭の前後に、日本でも大々的に栽培されるようになり普及しました。また、用途においても神仏の清掃以外では、神事などの装身具や、儀礼や日除けなどにおいての被り物(簡易の帽子や頭巾)であったとされ、普及するにつれ手拭きとしての前掛けなどの役割を帯びていったと考えられています。暖簾と区別も曖昧であり、所定の場所に掛けて日除けや塵除けや目隠しとして使われ、その用途は人の装身具として求められた機能と同じであり、垂布(たれぬの)や虫垂衣(たれむし)や帳(とばり)と呼ばれていました。
また紋や家紋を入れる慣わしも同じです。

江戸時代には都市部近郊に大豆などと並んで綿花の穀倉地帯が発展し、木綿の織物とともに普及していきました。都市近郊で銭湯が盛んになったことや、奢侈禁止令により、絹織りの着物が禁止され、木綿の着物がよく作られるようになると、端切れなどからも作られ、生活用品として庶民に欠かせないものになりました。この頃から「手拭」と呼ばれるようになり、入浴に使われたものは、「湯手(ゆて・ゆで)」とも呼ばれました。
また実用だけでなく、自身を着飾るおしゃれな小間物として、己の気風や主義主張を絵文字の洒落で表し、染めぬいたものを持ち歩いたり、個人が個々の創作で絵柄を考え、発注した手拭を持ち寄り、「手拭合わせ」という品評会を催されるまでになり、折り紙のような趣きとして「折り手拭」という技法もうまれ、庶民の文化として浸透しました。

職業においても薬売りや読売り(瓦版)などの物売りと、米屋や材木屋など糠や木屑をかぶる職種などでもその手拭を利用した被り方に差異が生まれ、また古典芸能の落語や日本舞踊の見立てとしての小道具としても使用されたり、祭りなどの衣装として、その特徴付けや役割によって被り方などが、多岐になっていった。歌舞伎で被り物や衣装としても、様々な場面や役柄で使われ、庶民に与えた影響も大きく、名称のない被り方が、歌舞伎に由来して名付けられたり、また歌舞伎の演目で使われた被り方が、その演目の話(心中、駆け落ちもの)と同じことが世相に反映した結果、被り方(道行など)までが流行ったとされています。

そのほかには、お年玉など時節や節句の縁起物としての贈答や、餞別や心付けから大入りや興行の景気付けの祝儀や見舞いの不祝儀としても配られ、特に人気商売であった歌舞伎役者や大相撲の力士や落語家などが、贔屓筋や客に名入りや自身を表す紋の入った手拭を名刺代わりに配られておりました。その他にも大店などの商店が、宣伝を兼ねて屋号の入ったものを顧客に配っただけでなく、屋台などの暖簾などに使用されたり、本来の汗や水の吸水の目的だけでなく様々な用途の広がりをみせていきました。
この時代には手拭は手拭染屋といわれる専門の染屋があり、上記のような芸術的な意味や装束や暖簾という看板などの用途などから意匠が複雑に詳細になるにつれ、染色業の細分化もあり染色の技術も向上してまいりました。

明治時代には、「注染」という染色の技術が新たに考案され、もっと複雑な図柄にも対応できるようになり、繊維産業の隆盛とともに染色の技術が普及しました。ただし、文明開化とともにタオルやハンカチといった物の流入や、日本古来のものは、古い時代遅れといった風潮から排斥されたり廃れる傾向にあり、手拭もその一つになっておりました。

注染は、特殊な糊で防染した生地に染料を注ぎ込んで模様部分にだけ必要な色染めをする型染めの一種です。伝統的な技術に基づいて主として手加工で、手ぬぐい・ゆかた・ふきん等の製品が生産されています。和晒とは、元々は綿布を灰汁で煮沸し、白で不純物を除去し、水洗い、天日干しを繰り返して漂白する染色前の工程のことで、現在は科学的漂白法によって処理されています。大阪の注染和晒は天保年間に始まり、明治期は主に手ぬぐいの染色が行われていましたが、大正期には染色方法が改良され、ゆかたの注染本染ができるようになりました。

注染の沿革1
明治時代(1868~1911年)を迎えると、人造染料の輸入が盛んになり、手拭染めも一色染めから多色染めに移行し、図柄も次第に複雑化されるに伴い、糊料(こりょう)の改良や伊勢形紙が使用される様になり、従来の浸染(しみぞめ)から「そそぎ染」へと大きく変化しました。

注染の沿革2
大正後半から昭和初期(1923~1940)にかけて、染色工程上に大変革が起きました。それは、旧来の染料を浸透させる方式から、電動コンプレッサーを利用した染料の吸入方式が開発されたことであります。これによって、手拭全面(約90cm)にわたる大柄が簡単に染められる様になり、生産効率も大幅に向上しました。

もともとは、布巾と呼ばれる生活必需品は晒し手拭・晒し木綿といわれるものが原型であり、ガーゼや包帯などの役割から、今日のタオルや台拭や雑巾やハンカチなどの役割も担っておりました。そして現代日本での日常生活では、タオルあるいはハンカチの使用が多いですが、手拭が廃れたわけではありません。粗い平織りで長さのある手ぬぐいにはタオル地の製品にはない利点があり、農作業、伝統芸能、祭、剣道などでのかぶり物、鉢巻、目隠し、汗ぬぐいなどとして、あるいは布巾として今なお利用されており、古来からの慣習として商店などの贈答品やイベントの際の記念品としての需要も少なくありません。近年では見直され、風呂敷と同様の包装としての利用方法の提案もあり、近代的なものも含めいろいろな柄の手拭が和小物の店や手芸店で見ることができるようにりました。